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姿勢決定・制御系設計根拠 (Attitude Control & Estimation Rationale)

[!NOTE] ドキュメントのスコープ 本資料は、模擬衛星(CanSat)の「太陽光方向の検出(姿勢決定)」および「リアクションホイールによる姿勢制御(姿勢制御)」を担うアクチュエータおよびセンサの選定理由、および制御アルゴリズムの状態遷移パラメータ設計の合理的な根拠をまとめたものです。衛星の物理フレーム設計や電源回路設計は対象外とします。


1. 一般論・基本原理の提示 (解空間の起源)

① 人工衛星の姿勢決定・制御系 (ADCS) の基本原理

宇宙環境を飛行する衛星は、重力による支持点を持たないため、自身の方向(姿勢)を独自に推定し(Attitude Determination)、アクチュエータを駆動して目標方向へ制御する(Attitude Control)機能(ADCS)が必要です。 姿勢変更の物理原理には、推進剤の噴射反動(運動量保存)、地球磁場との干渉(電磁気力)、内部質量体の高速回転反作用(角運動量保存)などがあります。

② 角運動量の蓄積と「飽和 (Saturation)」

回転体(リアクションホイール)を用いた姿勢制御では、外力(外乱トルク)を打ち消し続けるためにモータを回転させ続ける必要があります。しかし、モータ速度には物理的な限界(最大回転数)があるため、いずれそれ以上トルクを発生できなくなります。この現象を**「飽和」と呼び、飽和した角運動量を何らかの手段で外部に逃がす処理を「アンロード(Momentum Unloading)」**と呼びます。


2. 候補の列挙とトレードオフ分析

【姿勢制御アクチュエータ】候補の比較

  • 候補A(スラスター方式): 圧縮ガスなどの物質をノズルから噴射する反動で旋回する。

  • 候補B(磁気トルカ方式): コイルに電流を流して地球磁場との間に回転力を発生させる。

  • 候補C(リアクションホイール方式) [採用]: フライホイールをモータで加減速させる反作用(角運動量保存)で旋回する。

評価項目

候補A (スラスター)

候補B (磁気トルカ)

候補C (リアクションホイール) [採用]

発生トルク(地上環境)

(風や摩擦に打ち勝てる)

極めて低 (地上重力下ではビクともしない)

中 (模擬衛星を十分回転可能)

推進剤消費(寿命)

あり (ガスが枯渇すれば終了)

なし (電気のみで動作)

なし (電気のみで動作)

地上での動作再現性

低 (ガス配管・チャンバーが必要)

中 (ヘルムホルツコイル等が必要)

高 (通常の室内デスクで検証可能)

制御の連続性

離散的 (ON/OFF のパルス駆動)

連続的

連続的 (PWMでの速度無段階制御)


【姿勢決定センサ】候補の比較

  • 候補A(地磁気センサ): 地磁気ベクトルを計測して方位を特定する。

  • 候補B(スタートラッカー): カメラで星空を撮影し恒星位置から超高精度に決定する。

  • 候補C(サンセンサ + ジャイロ) [採用]: 4つのフォトダイオードの受光差分で太陽方向を決定し、ジャイロ角速度で補完する。

比較項目

候補A (地磁気)

候補B (スタートラッカー)

候補C (サンセンサ+ジャイロ) [採用]

測定の絶対精度

中 (室内では磁気ノイズで狂う)

極めて高い

中 (光源からの角度を正確に算出)

マイコン処理負荷

極小 (I2C読み出しのみ)

極めて高い (画像特徴点抽出・DB照合)

低 (アナログ電圧比較と三角関数のみ)

応答性(ダイナミクス)

低 (ノイズフィルタで遅延)

低 (露光・画像処理時間による遅延)

極めて高 (ジャイロによる200Hz高速更新)

室内検証の容易さ

低 (PCや部屋の鉄骨で方位が変化)

不可 (星空が描かれたドーム等が必要)

高 (スマートフォンのLEDライト等で模擬)


3. 意思決定と選定根拠 (Justifications)

① 地上実験における「回転運動」の確実な再現

  • 根拠: 磁気トルカ(候補B)では地上で発生する微小な構造摩擦(軸受抵抗や引きずり)に打ち勝てず、衛星が全く動きません。またスラスター(候補A)は高圧ガスなどの安全対策が厳しく、教育現場での取り扱いが困難です。電気駆動で完結し、十分な制御トルクを発生させられるリアクションホイール(候補C)が、地上で姿勢制御ループを「実戦検証」するための唯一合理的な選択肢です。

② 室内デバッグでの環境ノイズ対策と応答速度の最大化 (防御的設計)

  • 根拠: 実験室やPCの近くで発生する磁気ノイズによる「制御系の誤動作(暴走)」を防御的に回避するため、地磁気(候補A)ではなく、明確な受光差分を取るサンセンサ(候補C)を採用しました。また、ホイールの回転による急速な姿勢変化に制御ループ(200Hz)が追従できるよう、ジャイロセンサの角速度情報を組み合わせています。

③ 間欠パルス(LOTATE/UNLOAD)駆動によるオーバーシュートと過熱の回避

  • 状態遷移パラメータ設計の根拠: 小型CanSatは慣性が小さく、モータの応答に対して非常に敏感です。PID制御を連続適用すると「激しい揺り返し(オーバーシュート)」を招き、最悪の場合モータの発熱や破損を引き起こします。 そこで、「200msの微細駆動(LOTATE)」の後に「300msの通電停止(UNLOAD)による構造摩擦を用いた減速」を挟むという状態遷移設計を採用しました。これにより、ハードウェアを熱的・電気的に保護(防御的設計)しながら、慣性を利用して徐々に目標角度へ滑り込ませるマイルドな制御を可能にしています。


4. 合理的なブラックボックス化 (Rational Black-Boxing)

① モータおよびギヤボックスの非線形摩擦モデルのブラックボックス化

  • SILS物理計算(plant.py)および制御プログラムにおいて、モータ内部のコイル逆起電力、ギヤ噛み合い時の微小バックラッシ、温度によるベアリンググリスの粘性摩擦変化などは数式モデル化せず、一定の摩擦係数(Linear friction)による簡易式としてブラックボックス化しています。

  • 割り切りの根拠: これらを高精度にエミュレートするためには高度な測定機器と熱力学のシミュレータが必要となり、開発期間の過半数を消費してしまいます。本プロジェクトの目標は「状態遷移モデルによるホイールの飽和回避」を体験することであり、摩擦特性の厳密な再現は目的外として割り切っています。

② IMU(ICM-42688)内部のデジタルフィルタ処理のブラックボックス化

  • ジャイロから得られる角速度データは、ICM-42688ハードウェア内部のA/Dコンバータおよび内蔵ローパスフィルタ(LPF)によってすでに平滑化されたものを取得しており、マイコン側でフーリエ変換などの信号処理は行いません。センサから出力される値を「正しい角速度」としてブラックボックス的に信頼します。