指導コンセプト・学習目標

本ゼミは、シラバス・ミッション定義書 (syllabus) を最上位要求とし、模擬衛星(CanSat)開発を通じて次世代の宇宙産業基盤を担う**「根拠を持ったエンジニアリング(Engineering with Grounds/Reasons)」**を行える人材の育成を目指します。

単に動くコードや回路を組み立てる(「なぜか動いた」「なんとなく選んだ」)のではなく、あらゆる工程における意思決定に確かな根拠を持つことを指導の主軸に置きます。


1. ゼミの背景と必要性

現在の宇宙産業は、急速な商業化と激しい競争の下で、開発スピードの加速とビジネスとしての成功が同時に求められています。一方で、人工衛星は多岐にわたる物理現象が複雑に絡み合うシステムであり、宇宙環境を完全に地上で再現することは不可能です。 開発サイクルが反復的・高速化する中で、現場では設計意図や制約の背景(コンテキスト)が共有されずに形骸化し、過去の規格の盲信やAIによる判断のブラックボックス化といったリスクに直面しています。

本ゼミでは、**「未知の不確実性に直面したとき、どのように根拠を組み立て、仮説検証を経て合理的な判断を下すか」**という本質的なエンジニアリング能力の獲得を重視します。


2. 習得を目指す6つの到達目標 (Learning Goals)

本ゼミを通じて、受講生は以下の能力を獲得します。

① エンジニアリングにおいて根拠を持つ姿勢

  • 感覚や思い込み、コピペに頼らず、すべての選択(モジュール構成、通信頻度、制御周期など)に対して「なぜそれを選んだのか」を言語化し、説明できること。

② システムの原理に適した判断

  • 対象とするシステム(一軸姿勢制御、各種通信バス、光学素子)の物理的・工学的な根本原理を理解し、その原理に基づいたトレードオフやパラメータ設計を行えること。

③ マネジメントにおける根拠の確立

  • 設計や実装だけでなく、開発スケジュール、チーム内の役割分担、タスクの優先度決定においても、根拠に基づいた計画立案と管理(WBS、マイルストーン設定)が行えること。

④ 仮説検証による設計・計画の更新

  • 不確実性の高い課題に対して「仮説を立て、実験やシミュレーションで検証し、その結果から設計や計画を見直す」という反復的なサイクル(仮説検証ループ)を回せること。

⑤ 未知の領域における解空間の把握

  • 開発中に発生する未知のエラーや未経験の技術要素に対し、リファレンスマニュアルや仕様書から必要な情報を収集し、技術的に可能な選択肢(解空間)の全体像を把握できること。

⑥ トレードオフの認識と状況に応じた合理的判断

  • 相反する制約(例:通信帯域 vs データサイズ、制御応答速度 vs 消費電力、開発時間 vs 実装精度)の中でトレードオフを正確に整理し、現在のミッション要求において最も合理的な割り切りや優先順位付けができること。

  • *「この領域はブラックボックスとして信頼し、これ以上深追いしない」*という判断も、合理的な根拠に基づいた立派な意思決定であることを理解する。


3. ミッション定義と学習技術領域

受講生は、以下の最上位ミッション要求を達成するシステムを開発します。

模擬衛星ミッション要求

  1. サンセンサを模擬したフォトダイオード(光センサ)およびジャイロセンサを用いて自己姿勢を推定する。

  2. 一軸リアクションホイールを用いて姿勢を制御し、目標方向へ静止・追従させる。

  3. 対象の物体をカメラで撮影する。

  4. 取得した画像を無線通信(Wi-Fi等)を用いて地上局へダウンリンクする。

開発プロセスの中で、以下の技術領域に触れ、それぞれの「原理」を学びます。

領域

学ぶ原理と技術要素

姿勢推定と制御

フォトダイオードによる太陽方向推定原理、ジャイロの角速度計測、PID制御、慣性モーメントと角運動量保存の法則。

組み込みシステム

Raspberry Pi Pico W (RP2040)、I2C通信(IMUレジスタ設定)、SPI通信(ADCを介したセンサ取得)、PWM駆動(サーボ・モータ制御)。

通信・地上局

TCPソケット通信、MQTTによるPub/Sub型疎結合システム、JSONテレメトリ/コマンドスキーマによる整合性担保。

シミュレーション

物理モデルに基づく環境シミュレータ (SILS) を用いた、実機レスでのアルゴリズム検証と仮説検証。